ヘルペス性口内炎 

娘がヘルペス性口内炎に罹ってしまったようです。下唇の内側に直径1cmにもなる大きな白い口内炎の塊が出来たのとほぼ同時に38度近い熱が出て医者からはヘルペス性と特定されていないものの抗生剤などをもらって服用しています。

口内炎を発見してから約5日経って、舌にも2箇所白い炎症が出来ていてちょっと歯を磨いただけでも歯茎から出血してしまう状況です。ネットで調べても治るまでには7〜10日間くらい掛かるようですので、もう少し頑張らないと・・・。

また口の中のいたる所に炎症が出来ているので食べられるものも制限されるし、少しでも痛いと食べる気がなくなってしまうので栄養が十分に取れず回復が遅くなってしまうのがとても心配です。

そんな訳で昨日から光線治療を始めました。カーボンは#3001-#4008の組み合わせです。そもそも娘が光線治療をやるのは殆ど初めての経験ですし、一定時間はじっとしていなければならないという苦痛も伴なうのでまずは短時間やって慣れさせようと思っています。足の裏を10分やって、その後は口を閉じた状態で口の周りに10分程度。効果は然程期待できませんが、慣れる過程として。また、その間はYoutubeで大好きなテレビを見せて何とかじっとさせるという作戦です。

もう少し大きくなれば、特に痛いような治療ではないこと、気分が良くなること、退屈しのぎがあればじっとしていられることなどが分かってくると思うのですが・・・。それでも昨日は好きなテレビが見られるとあってかなり気に入ってくれた様子です。

イライラ感 

最近どうもイライラすることが多くなってきたような気がしています。ネットで検索すると、僕よりは若い年代ですが日常生活で様々なことにイライラを感じてしまうような人は結構いることに驚かされました。また、怒りっぽい人がイライラするのではなく真面目な人・気配りができる人といったタイプがこうしたイライラ感を感じやすいという点も理解できました。

自分がイライラしてしまう点について、最初は漠然とストレスが原因だと思っていたのですが、実は男性の更年期障害とか医学的に原因が推定できるものではないか?という疑問が出て来たので調べてみました。

更年期障害としてもイライラしてしまうことはあるようです。但し明確に「これだ!」と該当しそうな点は見当たりませんでしたので、ちょっと違いそうです。また、ブドウ糖の欠乏によっても攻撃性を発揮するホルモンが分泌されるという話を見つけて、一日一食のライフスタイルで考えれば部分的には該当すると感じたのですが、「最近特にイライラ」という点が説明できないので原因推定としては一旦保留です。

いろいろと調べるうちに、非定型うつ病という症状が自分の変化に符合していることを発見しました。過食傾向になること、過眠傾向になること、家族と過ごす時間ではイライラせずに気分が良いこと、そして体が鉛のように重く感じることがあること、と非定型うつ病の特徴として挙げられている点は全て思い当たります。時折フラッシュバックを経験することも該当。また、自分で言うのもなんですが、この病気に陥りやすいタイプの人間としても当てはまっている部分が多いと感じましたし、その他の付随的な症状もいくつか該当している項目があります。

治療は容易ではないとあったので対処するとしても家族の協力と共に自分でも意識して気分を変えたり考え方や価値観を転換していくことが必要なのでしょう。また、薬に依存する以前に何かできることは無いものだろうか?と感じています。本質的には非定型うつ病になる背景的原因を取り除かないといけないのですが、自分では具体的に何がストレスになるのか全く想像がつかないので、そういう意味でも対処が難しいです。

ここからは想像なのですが、自分の中で何か集中できることが必要なのか?という気がしています。それは、ある意味国内問題に対する不満を逸らすべく対外的な問題に目を向けさせるという政治学的アプローチに似ているかも知れません。まあ、そうは言ってもこの不況の中ではやりたいことを探したり集中できる趣味を始めるにもお金が掛かり実現できず更にストレスが溜まるという悪循環に陥ってしまう場合もあるのでしょうけどね。一日も早く元の自分が取り戻せたら良いのに、と思う次第です。

すねるのも可愛い 

最近、娘は何か気に入らないこと、例えば大好きなTV(録画していて何度も見ている)を見せてもらえないとか、嫌いな食べ物を食べさせられようとしているとか、そういった状況で「も〜、いいモン」とすねるようになりました。

でも、正しくすねること?がまだ理解できていないようで、時折何ですねているのかすら相手に伝わらなくて、またすねてしまうようなシーンもあります。あまりすねることばかり覚えても如何なものかと感じますが、聞き分けなくダダをこねるよりはまだマシかと・・・。それに父親としてはすねている様子でも可愛く感じるものなんですね。

先日、2歳の誕生日の日に寝る前に息子と嫁と三人で"ハッピバースデー"の歌を歌ってあげました。娘も何となく歌えるようになっているのですが、どうやら自分も一緒に歌わなかった(勝手に周囲の人が歌ってる)ことが気に入らなかったのか、或いは歌い終わったら寝かされることが不満だったのか、折角家族で歌ってあげたのに例によって「も〜、いいモン」とフクレテいました。「どうして怒ってるの?」とからかい半分に聞くと「お歌、ないないモン」とのこと。

最近は知恵や感情が発達してきて、それを表現するための言葉が追いついていない状況で、たまに「いったい、何を言っているのか?」と分からなくなってしまうこともあります。そういう意味で、感情と表現のバランスって意外と大切なんだと実感しました。人間は感じるだけで表現できなかったりするとストレスになるものなんですね。

少年院での暴行事件 

広島少年院で教官が収容されている少年に対して暴行したという容疑で起訴されました。ニュースだけを読む限り、暴行された少年は反抗的だったり指示に従わないなどの背景があり教官としては「懲らしめなければと思った」ようです。そもそも、これは被害にあった少年が母親などを通じて訴えて発覚したもののようですが、世も末ですね。

現行の法律では教官に非がある事になってしまうでしょう。それは法解釈の問題としても、元はと言えば教官の指示に反抗したり悪態を付いたりすることが原因なのですから、そういった根本的な部分である程度の体罰はやむを得ないのではないかと感じます。別に無差別に暴行している訳ではないんですからね。少年院は更生するための施設なのですから更生しない人間はそれなりの対処を受けて然るべきだし、そういう抑止力的な措置が無ければ誰も言う事を聞かず更生なんて到底期待できなくなるでしょう。母親も自分の子供が悪事をはたらき人様に迷惑を掛けていたのを棚に上げて、よく言うものだとその厚かましさに感心してしまいます。

そして、更生においては他人の痛みが分かる人間になることが大切だと思います。自分がそのような暴行をされて初めて自分が犯した罪の重さも分かるようになるでしょうし、"不条理なことは良くない"とか"真面目に誠実であることの重要性"なども学べるはずです。少年院に入れられるような犯罪をしておいて、自分の人権が多少なりとも侵害されたからと言って訴え出るというのは卑怯と呼ばざるを得ないでしょう。しかもママに言いつけるとは、どんな不良なんだよと。

少年院に限らず刑務所でも、人権に配慮しすぎているような気がしてなりません。そもそも他人の権利を侵害するようなことをしてきた人間なのですから、人権を考慮するとしても最低限のレベルであれば良いはずだし、侵害される辛さを身をもって教えるべきでしょう。そういう意味では、今回の暴行事件も更生のための教育的措置という範囲だと感じました。

また、刑務所での生活は国民の税金によってまかなわれている訳ですから、今後はもっと国民の奉仕するように仕向けるべきではないでしょうか。極論すれば最低限生かしておく代わりに、臓器の提供や人体実験への協力など医学を初め様々な分野での社会貢献をしてもらいたいと思います。それが嫌なのであれば、犯罪に手を染めないことでしょう。社会を敵に回せば社会から抹殺され社会に反撃されるという村社会的な道徳観も時には必要なのだと感じました。

便利さと結婚難 

昔はテレビも電話も一家に一台が当たり前だったので、長電話すると怒られたり兄弟でテレビの取り合いがあったりして「好きなときに使える」という前提はありませんでした。それは教育上も我慢すること、譲り合うこと、相手と話し合うこと、ストレスへの耐性を養う土台でもあったのだろうと思います。これに対して現代においては、テレビも電話も一人一台ですから、便利になったもののこのような我慢を強いられる局面が少なくなりました。

また別の側面として、例えば教育現場においても昔のように部活などで精神的な我慢を強いるようなことは少なくなったのだろうと感じます。それは、保護者からクレームが来たり、子供が登校拒否になってしまうというリスクを避けて事なかれ主義に傾倒しつつあるのかも知れません。昔であれば、練習が足りない人は試合に出られないのも当然だったものが、"不公平"とか"贔屓している"という批判に繋がることもあるでしょう。

こうした点を考えていると、昨今「嫌になったら直ぐに転職する」という風潮もこうした教育過程が背景として影響しているのではないか?という気がしてきます。確かに社会の価値観が変化して"会社=人生"という考え方は無くなっているものの、どんな分野の仕事であれ先輩や師匠から怒られながら体得していくし必要な業務知識は休みの日でも勉強しなければならないことだってあるでしょう。

結局、便利で快適な生活環境が我慢するということへの耐性を弱めてしまい、仕事においてもちょっとした上司との折り合いの悪さや環境の悪さに耐えられず長続きしなくなってしまうという仮説です。勿論、不況などが原因で働きたくても解雇にあったり超過酷な労働で長く働けない事情もあるのですが・・・。

この状況を見ていると、結婚難や恋愛という人付き合いに関するトラブルも、一部分は同じ背景があるのではないかと思えてきます。恋愛以上に結婚においては、程度の差はあるものの相手に合わせなければならなかったり、ちょっとした違いに戸惑いながらも我慢したり言いたいことを飲み込んだりすることだってあるでしょう。我慢に対する耐性が弱いと、結局はそうした点に不安を感じたりして結婚に踏み切れないということがあるのではないかと思えてしまいます。

子供の頃から"何かを我慢すること"について少しずつ慣れさせていると、大人になったときに根気良く我慢強く打たれ強い人間になり、ひいてはその道で大成するようになるのかも知れません。効率性を追求する社会では、便利なものを使うのが当然ですがたまにはこうした視点で考え直してみるのも良いと感じます。まあ、ロープウェイで山頂に上るよりも歩いて上る方が達成感や爽快感が違うというのに似ていますよね。

運転が疲れる 

最近、どうも車を運転すると疲れる感じがします。1日3時間くらいで結構疲労を感じますので、遠出するのはかなりキツイかと思います。

実はかつてトレイルブレーザーに乗っていた時もこのような状況になったことがありました。購入して2年目位からサスペンションの性能が落ちて重心が高いことから擂り粉木運動のような不安定な揺れが生じ、僅かですが走行時に常に揺れ続けるような挙動があった為です。普通なら注意していないと実感することはないのでしょうけど、視覚的な情報としてその揺れは無意識にも感じるので結果として運転すると大きな疲労感に繋がるようでした。それが嫌で極力車に乗らなくなってしまって、C55AMGに乗り換えてからは打って変わって運転が疲れなくなり遠出も苦にならなくなったのが対照的でした。

先日も森の中の細いクネクネ道を運転していて娘は車酔いしてしまったようですし、僕自身もそういう場所では運転していて目が回るような錯覚に陥ることが多くなりました。嫁も「買った当初よりは乗り心地が悪くなった」と言っています。

でも今のB200 TURBOは元々他のBクラスより固めのサスですし、まだ12000kmちょっとしか乗っていないのでもう少し走ってみないと馴染んでこないだろうと思っていますから、馴染む過程として一時的に乗り心地が悪化しているのか?という気もしています。ドイツ車ならそんなに足回りのヘタリが早いとは思えないですし。

ところで、最近、車の運転に関わらずめまいを感じたりすることがあるのでもしかすると自分の健康上の問題に起因しているのでは?と思うようになりました。この疲労度は乗り心地が悪いというレベルではないですからね。仕事のストレスとかで自律神経失調の傾向になって運転が疲れるのかもしれないと・・・。医者に行って薬を飲んで治るのなら車を替えるよりは遥かに安上がりですし何よりドライブが楽しくなるのなら嬉しい限りなのですが。

みすぼらしい 

先日、会社帰りの電車で小学生の男の子がサッカーのユニフォームを着て座っていました。遠くの街のサッカーチームに所属していて電車で練習に参加しているのか、学校の帰りにユニフォームを着たまま塾にでも通っているのかもしれません。

その子はDSのゲームをしていたのですが、途中で慌てた様子でバックから何かを取り出しました。いったい何事?携帯でも鳴った?という感じなのですが取り出したのはラップに包んであるおにぎり。ゲームの内容がコンピューターとの対戦ものらしく、自分のターンが終わってコンピューターが攻めている間におにぎりを食べています。しかも直ぐに自分のターンが来てしまうらしく、慌てて頬張ってはゲームをするような状況です。

この姿を観察していてなぜか"みすぼらしい"と感じてしまいました。自分の幼少時代、父から「何かをやりながら別のことをする」ような事について叱られたものです。特に食事中であれば食事のみに集中するよう厳しく言われてテレビを見ながら食事するなんて酷く怒られました。

この男の子はそういう事を注意されたことがないのでしょうけど、ゲームの合間におにぎりを食べざるを得ないので酷く落ち着きが無くて、むさぼるようなせわしない食べ方なんです。おにぎり1個を食べるのに5分も掛からないのですから、何で先に食べてからゲームをするような考えに至らないのだろうか?と、こちらが考えてしまいました。大きなお世話ですけどね。

実は職場でもこういうタイプの人がいます。PCを打ちながら弁当を食べている人。この男の子と全く同じでせわしなく弁当を掻き込んでクチャクチャ音を立てながらメールを打っています。弁当だけ先に食べてしまえばもっと仕事に集中できるだろうし、それこそ10分もあれば食べ終わって歯も磨けちゃいます。逆に食べながら仕事をしているので弁当を食べ終わるのに30分も掛かっている。

この男の子もこういう点を注意されずに大人になると、ああいう人になってしまうのかも知れないと感じました。食事の姿勢やマナーは子供の頃からきちんと教えておかないと大人になってから恥じをかくことになりますね。うちの息子もテレビを見ながら食事をしていることがあるので早速注意しておかないと。

保育園 

娘はもうすぐ2歳になるのですが最近は殆どお昼寝をしなくなってしまったようです。でも結局夕方には眠くなってしまい、愚図って夕飯を食べなかったり足元がフラフラして転んで泣いたりと悪循環になっています。嫁にとっては、こうした状況がかなり辛いらしく精神的にも肉体的にも疲れ果ててよく眠れないとこぼしています。

楽観的に考えれば、昼寝したくなるように遊ばせるというのが解決策なのかも知れません。嫁としてもそれを狙って近所の保育園に数時間遊びに連れて行くようなことをしているのですが、娘は外遊びが好きではないらしく同年齢の子供たちが元気に園庭で遊んでいても、室内で一人でおもちゃで遊んでいるような様子とのこと。日差しを浴びれば自然と眠くなるのに、室内遊びが中心だと昼寝まで辿り付けないのでしょう。

その保育園はママと一緒に遊ぶこともできるような保育園なので、今のところ嫁が付き添って遊ばせているのですが、もちろん共働きの家などであれば朝から夕方まで預かってくれます。嫁の話では、娘はかなり自分勝手でマイペースなところもあるし同年齢の子供たちと遊ぶのにも慣れていないらしいので、むしろ本格的に預かってもらった方が娘の社会適応という意味でも良いのではないか?という気もしています。きっと最初のうちはママが帰ってしまうと泣くのでしょうけど、息子が小学校に行くのを見て自分も行きたいと言うくらいですから、慣れてしまえば意外と楽しんで通ってくれるのではないかと。

今の状態だと嫁としても苦痛だと思いますし、親子が少し距離を置くことで違った側面や娘の精神的な成長も期待できると感じます。嫁も働かなくとも自由な時間ができるので習い事をするとか気分転換に繋がればと思っています。ただ、保育園に通うようになるとすぐ風邪がうつったりしてそれなりに苦労もありそうですけどね。

仕事の進め方 

嫁が小学校の役員をやっています。職務自体は会長などの要職ではなく単に"OO委員"程度のことなのですが、同じ委員をやっている他のメンバーから土日に何度も携帯に連絡が来たりするので、何とかならないものかなと感じてしまいます。

連絡を取りながら仕事を進める点はやむを得ないのですが、問題はその頻度と進め方です。実際のところ連絡は頻繁で、もはやストーカーに近いレベルです。嫁に事情を聞いたところ、その人は普段仕事をしているので土日しか家にいないという状況らしく、土日にしか役員の仕事ができないのだそうです。

そもそも田舎に住んでいるので携帯に連絡をもらっても車で移動していると電波が途切れてしまうこともあるし、家の留守番電話にでも「時間がある時に連絡してください。話したい要件はxxです。」とメッセージを入れておいてくれれば、その内容の重要度も考慮してこちらから電話して済みそうなものなのですが・・・。

その話を聞いていて思い出したのは"最近、話をしている途中で勝手に割り込んできて自分の仕事の話だけ質問していく後輩が多い"という点です。自分がその立場だった頃は先輩同士が仕事の話をしているのに割って入るのは躊躇うことが多かったし、どうしても急ぎの用件だとか当事者が必要と思うであろう要件であれば、「お話中すみません」と断った上で話し掛けるようにしていたものですが、最近はいきなり脇に来て勝手に話を中断させて自分の用件だけ確認して何も言わずに去っていく人が多いです。

僕としては「あいつは自分が偉いと思っているのか?それとも余程重要な仕事をしていると勘違いしているんじゃないか?」と感じてしまいます。内容的にも然程大事なことではなく、単に「今質問したい」という程度のこと。別に5分後にまた来ても支障の無い質問なのですから。

自分も偉そうなことは言えないのですが"仕事がデキル"という人はどういう人か?と考えた際に用件の内容を簡潔に伝えるのは勿論のこと、相手がその内容の重要度を判断できるような配慮をしたり検討に時間が必要であれば猶予期間を考慮するとか、或いは予め検討を要する課題やテーマを沿えて検討依頼するなど、プラスアルファの部分を配慮したアプローチができることではないかと感じます。これは単にデスクワークに限らずお客を相手にしたセールスなどでも同じではないでしょうか?

小学校の役員レベルでそうした業務処理を相手に求めるのは酷なのでしょうけど、ストーカーのように電話をしてくる以前にもう少し進め方について考えてもらえないものかと思った次第です。

父の日 

娘の誕生日が近いので週末に実家に行って一足早い誕生日会をやりました。都心に出かける機会が少ないことから、僕は留守番し嫁と息子+娘が僕の両親と一緒に買い物に出かけました。

娘はこれまで母(ばーば)には慣れていたものの父(じーじ)とはあまり接触が無くて人見知りをして隠れたり殆どなついていない状態でした。

娘は誕生日プレゼントとして、父と一緒にいろいろと選んでピンクのスニーカーを買ってもらいました。言葉もかなり理解できコミュニケーション能力も出て来たことから「じーじ」と名前を読んだりすることもできるようになって、買ったばかりのピンクのスニーカーを履いてお供役のじーじと手を繋いで早速歩き回って大満足の様子でした。

でも、実は娘以上にじーじの方が嬉しかったようです。買い物から帰ってきたら「手を繋いで散歩した。」「じーじ!って声をかけてくれた。」とじーじの方が興奮冷め遣らぬ状態です。僕は一人っ子なので、父としては「初めて女の子を持つ喜びが分かった」と言っていました。

すっかり忘れていたのですが父の日。娘がじーじと親しくなっていろいろとおしゃべりし、手を繋いで散歩できたことが父の日としての何よりのプレゼントだったのかも知れません。親孝行という意味で、娘がいて本当に良かったと実感すると共に、父がそういう喜びを感じてくれたことに僕としてもとても嬉しく思いました。

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